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2005/12/26〜12/31
001
毎日書かないけど、日記なのだ!
思いついた時勝手に書くのが、ぜん吉流なのです。
”毎日書け!”と誰かが怒鳴る |
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2005年12月31日
母は強し!
いよいよ今年も今日一日となりました。
移住して僕達は相変わらずの生活です。
のんびりといいますか、暢気といいますか・・・・・なぁんにもしておりません。
家が新しくなり、子供達がスポーツ(ソフトボール)などに夢中になってきますと、
親と遊ぶ時間が非常に少なくなって行きます。寂しいというよりは、頼もしい。
いつも僕は自宅周辺にいますので、いつも接しているわけですが、
特に長男には、親が子離れをそろそろしなければなりません。
来年中学校になれば、体の変化とともに精神の変化をさせないといけません。
今僕が非常に想っている事は、最近の子供達は、体の変化(成長)に精神がついていっていないような気が
します。
このことは、親の子離れがまず必要です。子供が出来無いことが、不憫でしんぼうできずつい手を貸してしまう。
親が我慢出来ないのです。昔は気にならないが正解でしょうか。
これは我が家でも同じであります。
特に母親の子供への接しかたについてよく僕は良く注意するのですが・・・・・
ちなみに僕のお袋は、いまだに、買い物行くと「まぁ〜くん!こっち来てぇ〜」と、
人ごみで大声で呼ぶのだ!!「ぎょ!」
周りの人のは、まさかこの坊主頭の真っ黒けの巨体の中年のおっさんじゃないよねぇ?
といわんばかりの視線を浴びせる!
尻の割れ目から穴に、冷たい汗がツーっと流れ落ちるのがわかる。
「大声で呼ぶな!」
「息子を呼ぶのに何て呼ぼうが勝手だ!文句あるっ!」
妻は涙をためて大笑いをし、「出来が悪いもんしょうが無いじゃん。」
こいつらには2人には、かなわねぇ!
今年もいろいろ世間もありましたが、来年こそ平和な世界でありますように!
2005年12月31日
なぁんだぁこりゃ!
これが、鮭の燻製の結末でした。
下顎にかけていたフックがはずれ、七輪落下炎上してしまいました、でも美味しかったよ!!
く〜残念!しかし、飽きっぽい僕は全然平気だ、今度は地元で取れた新鮮な大きな鯖4匹と、
ニワトリ丸ごと2羽に挑戦を決意!仕込み中ですよお楽しみに。
成功しましたらアップしまぁ^す
2005年12月30日
燻製は楽しい!!
さぁ!ベーコンは、仕込み(ばっちりで〜す。)後、燻す工程まで1週間と長くかかるので、
新巻鮭丸ごと燻製に挑戦しましょう!
と1匹スーパーで購入、甘塩でしたのでそのまま燻製器で乾燥2時間、その後燻煙しました。
とっても上手?に出来て大変満足?でした。
  
楽しい1日だったなぁ〜やっぱり鮭だなぁ〜焼き魚は?
★一部事実と異なる記載があります。
お知りになりたい方は、 の掲示板に新たな答えがあるかもしれません!
2005年12月29日

燻製を作ろう!!
昨日は、親父の納骨のあと子供たちとかつての約束、燻製器の製作に取り掛かかり
ひもじいお正月の食卓を飾ろうというわけです。
昨年たまたま、鹿の足1本を友人からもらって、ブロックを積み適当にいぶして食べた味が、子供達は病みつきになって仕舞いうるさくてしょうがないのだ。
そこらじゅうから材料をかき集めて、なんとかかった費用は、釘代98円也!
「こら!サウナじゃねぇ!早くでろ!」
悪戯の絶えない、次男坊なのだ!

燻製の熱源は、拾ってきたホットプレートと七輪もちろん黒七輪ではありません!
以前焼肉用にホームセンターで買った四角い奴です。

早速食材を買いに行こう!
お正月にベーコンを作ってみようと、肉屋に電話した。
「豚ばら2キロブロックで!」
「3760円になります」
かなり高い!失敗は許されませんなぁ〜。
2005 12月28日
おやじの親父納骨

今年の7月9日 76才で父が他界した。
12月に入ってようやくお墓が完成し、本日納骨となりました。
想えば父は鹿児島移住してから四年間入退院を繰り返し最後は、肺がんに敗れた。とっても辛抱強い人でした。
鹿児島に来てからは、ずいぶんあちこち母と出かけたり、楽しんでいたように想う。孫達や家族全員で見送られた父の最後の顔はとても明るく感じた。
ずいぶん親不孝な息子でありましたが、大切に墓を守っていこう!と心に誓う。
お袋のことを想うともう沖縄移住などと、冗談でもいえなくなってしまった。
2005 12月28日
ぜん吉おやじ、頑固親父に怒られる!
頑固親父「誰もささやきません!ぜん吉流??? 10年早い!ばかも〜ん一言でいいから書け!」
ぜん吉「はい!」
2005 12月27日
☆おやじと三河黒七輪
黒七輪と初めて出会ったのは、そう9年前鹿児島に移住してすぐの夏の日だった。
日用品の購入に薩摩川内市の金物屋さんで偶然見つけたんだ。
黒光りした堂々とした面構えと僕の故郷である三河の文字に迷わず購入した。
それからは、毎日のように炭を入れ子供達と、焼き物をしたりすき焼きを楽しんだ。
僕の父がこちらに移住ということで、新しい家を建て引越しの時、子供が運搬中落として割ってしまった。
その時に七輪の内部を見て驚いたんだ。
二重構造になっておりかなり手の込んだ構造は、さすが三河は、三州瓦の産地だ!職人が生きている!と想っていた。
それから4年(忘れていたわけではありませんが)過ぎこの黒七輪との再開することとなったのです。
このHPを立ち上げ、出会ったHP ここの親父さんはとっても人間味があって僕のお気に入りの方で、掲示板を覗いていたところ。
三河黒七輪の文字が、興味を持ち読んでみると。
三河黒七輪協会○○支部とか書いてあり「わぁ〜い!黒七輪に、こんなに人の輪が出来ている」と、
思わず掲示板にお邪魔しましたところ、返答が をたずねなさいとのことで、また黒七輪愛好家にまた
なれたのです。
頑固親父様ありがとう!!
とにかく黒七輪の良さ、歴史などは ここよりお入りください!
黒七輪情報満載です、過去に黒七輪と、この僕の住んでいる集落とのかかわりがあった事実など、かなり詳しいぞ!
一度訪れてみてください。
2005年12月26日
・・・・・・敬天愛人・・・・・・・
僕たちは、農業という仕事を選び愛知県からここ鹿児島に移住しました、
しかも両親まで移住してしまい子供たちは、完全にここがふるさとになってしまいました。
まさか、両親も鹿児島で老後の生活なんて想像したでしょうか。(父は初めの鹿児島の土となりました)
現在も相変わらず経済的に苦しい状況が続き、
とても安定などほど遠い感じではあります。 にせもの西郷さん頭はヘチマタワシ、体はタワシもとい!わたし↓
しかし毎日がなぜか充実し、家族の顔が毎日、確認でき言葉を交わさない日は、1日たりともありません。
僕も妻もこれこそが一番大切と思っています。
敬天愛人(けいてんあいじん)という言葉は、西郷隆盛が好んでよく使い鹿児島の家によく掲げてある言葉でもあります。
「天を敬(うやま)い、人を愛する」と読むのですが、この敬天愛人という言葉には次の意味があります。
【道というのはこの天地のおのずからなるものであり、人はこれにのっとって行うべきものであるから何よりもまず天を敬うことを目的とすべきである。天は他人も自分も平等に愛したもうから、自分を愛する心をもって人を愛することが肝要である。】
僕達は、この言葉の通りに天生かされており子供たちに伝え、
心におきたい言葉であると思いました。
僕「人生などは、心がけひとつでどのようにでも変わるのだ!!」
妻「財布の中身は?」
僕「変わらない!!今日もいい朝だ!!」
妻「今月どうするの!あんたは、自分だけ愛してるんじゃなぁい。もうすぐお正月よ!」
無言のまま軽トラに乗り込む坊主頭でした。
髪型と体系は西郷さんに似てきても中身はまったく違うのだ!!!
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