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★農業志願のへっぽこ親父★
☆農業への道(長女の障害)☆
愛知県にいるときは、14階建てマンションの12階に住んでいました。
非常に土が遠く感じられて、何となくいらいらしたりしていました。
土といえば農業なのですが、僕は植物は山菜以外まったく興味が無く、
しかも、中学生のとき担任の先生から、県立○○農業高校に進学しなさいと勧められた、「なんで、農業なのょ〜絶対やだ!」
と反発したのに先生は先見の目があったなぁ〜
まぁ農業というよりも田舎暮らし+アウトドア遊び=スローライフにあこがれたものです。
夏は、渓流釣りがエスカレートし、沢登りにはまり、北アルプス、中央アルプス、南アルプスなどの沢を何日も、何日も、命の危険も顧みず、ザイルと
シット・ハーネス、カラビナ、の三つ道具を最良の友とし野宿して、恋しい岩魚ちゃんを求めていました。
原始人化した僕を暖かく迎え、都会の空気に戻してくれたのが、14階建てのマンションです。
そしてまた、5日も働くと、山が、川が、岩魚にあいたいよ〜となり、ごそごそと出かけていくのです。
良く妻も文句一つ言わず、毎週休みに限らず、夏休みなんぞ有給くっつけて10日間沢歩きなんて当たり前、今じゃとてもとても、恐れ多くて考えられませんが。
当時は良く開放してくれたものだと、今だ感謝しております。
都会暮らしと山の間をこれだけ行き来すると、僕の住む場所はここではないなぁ、
山に近いところで生きたい家族と暮らしたいよ〜、自然を子供達に触れさせたいなどと、どんどん勝手に想いこんでしまうのです。
農業がしたいというよりも、釣り場に近い所で住みたいって感じ。
このときは、単なるアウトドア・ライフあこがれ坊やって感じでんなぁ。
世の中バブル景気真っ只中、ボーナスはでるし有給休暇は、一杯あるし、遊んで仕事に集中する時代でした。
そんな浮かれた生活の中で、妻が人知れず長女のことで、悩んでいました。
長女は、当時全然寝付かず、一晩中泣き、おんぶとだっこの繰り返し朝まで寝れない日が続きました。
食が非常に細くミルクや食べ物など、全部吐いてしまうのです。
首のすわりの遅れ、ハイハイの遅れ、言語の遅れ、立ち歩きの遅れ、どんどん遅れが増え、長女の障害の重さに気がつくのでした。
長女の、染色体異常が、認められたのもこのころです。
ある日妻は、連続の寝不足に長女を叩きたくなると言いました。
それでも僕は、釣りが好きで、週末に消えるのでした。
妻は僕の、母に頼り、実家の両親に頼りで乗り越えてきました。
ここが大事です!!
(付録:皆さん、嫁姑問題の解決法は、男は両方から、いつもしかられる行動をするべし!母、妻はとても仲が良く、僕の手に負えない!女同士仲が良いのはとてもよろしいのだ。目指せ非行中年!でも限度がありますよ〜)
☆ 家族といる時間を少しでも長く。☆
僕の仕事は、毎晩10時過ぎ、良く遊んだけど仕事もした。特に冬が一番忙しい会社でしたので、土日惜しまず働きました、冬は、山に入れないし、鮎も居ないので、休みは要りません。
そのうち長男が生まれ次男が生まれ、このままでいいのか?家族とは?家庭とは?教育は?人生は?
ただ働いて、趣味である釣りに没頭しこれでいいのか?
長女の障害について考えたか?
本当にやりたいこと、家族と生きる道はこれでよいのか?
など考えるようになりました。
僕は、長女の障害に、妻と共に取り組む必要を感じ、共に働く道を模索し独立を夢見たのでした。
最初は、家族で働く仕事で、パン屋など自営の検討をしたり、いろいろ勉強しましたが、これは!!とくるものも無く日々が過ぎていきました。
やがて、妻とともに仕事をしている姿を子供に見せたい。
毎日の朝食、夕食は家族で。
毎日子供たちの、顔を昼夜問わず見れる環境、生活圏での仕事。
子育てに手抜きは絶対してはならない。
余分な生活向上の為(良い家、食事、遊び、服装、車)に、幼児期に早く自立を促す。
ような事はしてはならないとか、貧乏でも良い、子供に堂々と、大粒の汗を見せれる仕事がしたい。
なんてね要するに、僕たちは、当たり前のことをしたくなってきて、ついに農業という職業があることに気づいたのです。
えらい!!
☆農業志願兵誕生!☆
何時しか農業の関係の本を読みあさり、日増しに農的暮らしにあこがれていきました。自然農法、や有機無農薬農業や環境問題に興味をもち、ますます農業で生きていきたいと想いました。
そうと決まれば、もう後は早く、ばたばたと活動開始、マンション暮らしの百姓じゃ話になりません、どこか田舎を見つけなければ、と想いまずは、家から探そう!!
親父「田舎で百姓やるぞ、いいな。」
妻「ほんと〜まぁ不安だけど、やってみるかー」
(本当は、こんな簡単じゃありませんぞ!一度御験しあれ。)
名古屋から3時間以内で行き来ができること。
これが妻の条件でした、岐阜、長野、の役場で定住者促進、空家斡旋事業など実施している町村を何箇所かたずねてみましたが、PRパンフとは、裏腹で担当のやる気無さ、バカにした口調にへとへとになりながら、こんなことなら事業してますなんて掲げなきゃいいのに!
と思うことでした。
そんな時本屋で手にした、【田舎暮らしの本】に九州特集とし、農業募集、Uターン、Iターン募集記事が盛りだくさんもうこれしかないと、手紙を書きまくり返答頂いた役場を尋ね、ここにに決まったのでした。
・・・・三時間、飛行機で行く、薩摩の地、・・・・
妻「私、車でっていわなかったかな〜騙された!」
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