家(マイスイート・ホーム)

   田舎暮らしで、楽しいスローライフ


      

☆家・マイスイート・ホーム☆

     
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☆明治生まれの家☆

この家は、ごんのだよ!
                              

・マイスイート・ホーム★
 

  
平成9年11月初めには、霜が降りました。


妻「何が暖かいの、うそつき。前来た時は、たまたま暖かかっただけね!」
僕「冬は寒いことぐらい知ってるでしょ。みんなの家は暖かいんだよ、このはストーブも効かないね壁が無いもん板一枚だもんね、
    
ほら天井の蜘蛛の巣が揺れてる。」
    

築百十年の家は、板張りでおまけに隙間だらけ、マンション育ちの家族には相当きつく、みんなジャンバーを着込み、家の中でも、白い息を吐きながら朝食を頂きます。
  

今度の移住先は、「沖縄だね!」
妻「そんときゃ、わかれる覚悟してね。」
僕「子供とこの家に残るの?」
妻「・・・・・」

                                            
平成10年2月、本当に、寒い、くどいけど寒い、家の中の温度を見ると朝1℃ちなみに冷蔵庫内8℃、外の水道管は、凍りつき、軽トラのエンジンがかからない日もありました。


この家は、夜寝ていると落ち葉が、飛んできたり、冷たいと思ったら雪の日は、雪の吹き込みがあるのです。


子供たちの手足には、霜焼けが出来、青っ洟をいつも垂らして、とても平成の子供には見えません。日本の古き良き時代が、残っています。家の梁はひとかかえもあろうか、いびつに曲がった自然木に当時の巧みの技が、
  深々と刻んであります。


こんな家に青っ洟小僧と、霜焼けは、ベストマッチだよね。


子供の通う保育園は、今流行の、<は・だ・か・ん・ぼ遊び>など冬に取り入れており園庭で乾布摩擦や、裸で遊ばせます。  
園長先生に「Yちゃん、Nちゃんは、厚着し過ぎですよ。家でも薄着を心がけてくださいね。」

妻は言われ、「家が死ぬほど寒いの、冷蔵庫が暖房機なのよ!」とはつい言えず。
「はい、すみませんと答えるのでした。」

俺が次男だぁ!文句あるかぁ!!

そんな妻に「昔の人はすごい、こんな家でしかも薄着だ、もっと寒かっただろうなぁ」と、訳の分からぬ慰めに、きっ、と目尻をつり上げる妻でした。


「今夜はあなたには、子供は、渡さないわ!!」といい3人の子供を湯たんぽ代わりに抱きしめ、安らかに眠る姿に情けないやら、

頼もしいやらでほっとする一日でした。


そろそろ、移住一周年、友達もそこそこ増えて生活にもだいぶ慣れてきました私たち家族は、いちご栽培の開始が遅れとても時間が、有り地元のおじさん、おばちゃん、など茶飲み友達が多くみんなにかわいがられていました。


隣のおばちゃんなどは、毎日漬け物、野菜、など家に届けてくれましたので、妻は、てんぷら、など揚げ物などしたときは、みんなに配り食べさせたり、家に呼んで朝食を一緒に食べたり、一人暮らしの老人が多いので子供の声がするだけでもうれしいと
喜んで下さりました。


しかし毎年数件の葬儀が、あり年々人がいなくなるのはとても寂しく感じました。
純粋な昔のままのやさしい日本にふれ子供のためだけでも、移住して良かったと思います。


地元の若い方々は、共稼ぎの方が多く昼はほとんどいません。
空き家も年々増えています。


  ☆平成生まれの家☆

平成11年夏、父の病気、腸のポリーブと血栓発覚、血栓の手術の後人工透析を受けなければならなくなってしまい、名古屋にいる母に掛かる負担は、大変なものだと思います。


父も体力が、衰えて来たため鹿児島移住の検討もこのころかと思います。
電話で、私に「宅地を探せと」連絡してきました。 
  
  ・・父、母の決意固まる・・.


平成12年6月、父の直腸がん発覚、手術、医師の話によれば大変大きな手術らしい、母も不安がっているため僕は、次男を連れて名古屋に、いちご作業の合間に帰りました。

父もずいぶん頑張り、見事成功でした。


麻酔から覚めた父は、「鹿児島に行く。家を建てる。土地を早く探せ!お母さんも一緒だ。」と言いました。
「よっしゃ〜まかしとけ。」父と約束し帰りました。



帰りは、次男のあこがれ、新幹線で帰りました。       


前の会社の上司Tさんが見送りに来てくれました。
Tさんは、少し頭が薄い特徴が有ります。
次男は、同じ特徴の人はTさんと認識してしまう。乗車しとなり窓際のおじさんもまさにTさんと特徴が同じだ。
窓越しのホームには、Tさん。

 
「博多行きのぞみ発車します。」「ばい、ばいTさーん」「さようなら〜」
次男は、「何で?何で?Tのおじちゃん隣りにいるよ。ねえ、Tのおじちゃんでしょ。」
「しいっー違うよ」隣のお客さんに誤り、博多までしつこい次男でした。


   特徴を最後まで口にしなっかった君は、えらいっ!!


    ・・宅地決まる・・

宅地探しが、始まりました。
候補地は沢山有りますが・・・・・地元の方々も必死で交渉してくださるのですが、なかなかうまくいきません。

荒地でも、土地を手放すことは、非常に田舎は嫌います。

自分の代で手放したと言われたくない、ある地主さんは東京に住んでいてかなり交渉に応じて、下りましたが親戚から「土地を手放さないと生活できないのか!」と言われてキャンセルとなりました。空き家が多くてもほとんどこんな感じです。



父の病気のこともあり気持ちは、焦るのですがどうしようも有りませんでした。


宅地を探している。
噂が広がり建設会社などの営業さんもどこからか情報入手してやってきます。
その中の一社が、「この近くで200坪宅地があります、車で数分の所です。」

ここからなら近いし、両親の面倒も通いで見てあげれる。


土地を見せて頂きました、ところが、土地は、400坪あり価格もお手ごろで名古屋近郊の10分の1程度、日当たりよし、父は、全部買え。


夏過ぎの9月でした、ここからが早い建設会社から見積もりを取り、父は、愛知に未練無し、人生再出発にこの鹿児島を選択し、家族一丸で、生きる決意をし、なんと私たちの家も建設する事になりました。


わたしたちは、なんと云って良いのか、両親の人生まで変えてしまい、今後の生き方の重みを感じ、またやる気が湧いてくるのでした。
  着工平成13年1月〜完成6月の予定で進めました。


  “善く戦う者は、これを勢に求めて人に求めず。
  
まず戦いは、勢いに乗れば、力が増大し思いがけない力を発揮する
まさに父は勢いを私たちにあたえてくれたのです。


  ・・引っ越し・・

平成13年6月新居完成、7月引っ越し、想えば平成9年から約5年間この古い家にお世話になりました。
一世紀に渡る家の歴史の、1ページに私たち家族が載りました。
最後の住人にならないことを祈ります。とにかく色々な思いでありがとう。


新しい家は、とても快適で広くあたらしい、木の香りは、とても心地よくまるで山登りか、キャンプから戻って来たときと同じ安堵感が、ありました。

しかし、引っ越し後長女は、どうも機嫌が悪い、「え〜ん、びえ〜ん」と泣くのです。


前の家に片付けに、行くとにこにこと笑い、部屋の中に行き、
ここが私の家よ、もういかないわ、とばかりに、歩き回るのでした。

そして、帰ると、ここは、わたしの家じゃないここでは、寝ないわ、と訴えているようです。
「え〜ん、ひぇ〜ん」と妻を困らすのでした。
こんなきれいな家が、きらいなんて・・・・・と、思うのは、どうも、長女だけではないようだ。

                       
子供達は、古いお家が良かったな〜と私に云いました。
「なんでかと、ゆうとね母さんが怖くなった。」
汚い、手洗え、足ふけ、カーテンさわるな。


そういえば、私は、外でたばこを吸っている。なんでだろう?


  ・・これで全員、鹿児島県人・・

7月の終わり、両親が、来ましたそれは大変暑い日で、父の体も心配でしたが、みんな無事やって来ました。

そのころには、みんなすっかり新居になれ、問題の長女もここが私の家よ〜、文句有る〜とばかり上機嫌、母は、片付けなどで大変ですが、取りあえず新しい生活が始まりました。


今度の環境は、まえと殆ど変わらず、車で1分程度の距離で子供の学校は、変わりました。ここも良い学校でのんびりした田園風景が、すばらしい集落です。


父は、元気を取り戻し朝ごんの散歩に行くにまでなり、長男を連れ鯉釣りにも行きました。とにもかくにも、この地にファミリー集結したのであります。

同一の敷地に二軒、家があります。
この家は,かなり近代的な家で平成13年夏に新築された家です。
ちょっと農家という感じではありませんが、中の住人は農民であります。


最初暮らした築百有余年の家が時々懐かしく、特に霜の強い日などはあの寒さを思い出します。


私「こんな日は、みんなストーブの前に朝集まり肩寄せ合っていたよなぁ」
妻「ほんと、口から白い息はいてね、布団から出るのがつらくて、つらくて」
私「この環境は、底冷え無し冬でも裸足ですごせる、苦労やつらさは、すぐ忘れてしまい、贅沢になってしまうなぁ」


こんな日は、前の家を良く見に行きます、今誰も住まず草藪の中ひっそりとたたずむ屋敷には、今の家に負けない風格と、一世紀生ききぬいた誇りが感じられるのでした。


これで僕たちの、田舎暮らしの、家は最新の思わぬ方向に・・・・



僕たちは、明治、昭和、平成と三時代に生まれた家に住めたなんて、少し得した気分です。






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